ここ数年は、外科系の医療雑誌を読み、細かい解剖学を学んでいます。
ここ数ヶ月はなぜか股関節をテーマにした手術の月刊誌が多いため、自分自身のここ数ヶ月の股関節の治療について深く考えていました。
今年に入って来られた新患さんも股関節関連が多く、数年患っていた股関節痛が2ヶ月くらいでほぼほぼ症状が取れたり、腰痛を患っているが、動作としては股関節の動作で腰に痛みが出現する方も、今までいろんな治療を試してきたが変化がなかったのも当院に来て日常生活動作はもうクリアでき大変喜んでいただけました。
もちろんうまくいっていない方もいるのでこの機会に勉強を深めていきたいと思います。
今回かなり股関節についての論文を漁り、中でもうまくまとめることができた「弾発股」について腸腰筋の細かい機能解剖に踏み込みながら説明していきたいと思います。
昔は苦労していた症状ですが、最近はうまくやればその場でとれる症状となってきた「弾発股」について今日はいくつかの機能解剖の論文と併せて考察していきたいと思います。
こうやって論文を色々集めていると、日々の臨床での発見を裏付ける部分がいくつもあり、とても助かっています。基礎研究者や日々の忙しい中でも学会誌に寄稿していただいている先生方には感謝申し上げます。
この度は腸腰筋についてかなり深く踏み込めたためか、他の股関節の疾患を患う方に対してもかなり良い結果を出すことができています。
参考にした書籍や論文も一部ですが紹介することもしていきたいと思います。
弾発股について
まずは、一般的な説明から入っていきたいと思います。
例えば平泳ぎのような動作や、座っているところから立ち上がる時など、股関節の開閉や曲げ伸ばしの際に「コクン」「パキッ」だったり音が鳴ることがあります。
この現象を弾発股snapping hipと呼びます。
バレエダンスのように外転・外旋・屈曲の動きに多い物やランニング動作の足を後ろに蹴った状態で回旋する動作に多いとされています。

痛みが伴う場合もあれば、ただ音だけの場合もあり、痛みがないので気にしなくてもいいですよ、と経過観察となるケースも非常に多いです。
昔は私も痛みがなければ、とりあえず・・・、と経過見ることもあったのですが、最近はダンサーやサッカー選手など、身体動作を生業とし、さらに股関節を多用する方々の来院が増えたため、「痛みがなければ良い」では済まない方々を見ることが多いため、深く考察する必要が出てきていました。
「痛みはなくとも違和感がある」、「音が鳴るんだけど・・・」と、臨床経験も増してきたおかげで改善できるようになったので、私の考察とそれを裏付けるような論文たちを踏まえてまとめていきたいと思います。
昔改善目的で来ていただいてた方を思うと申し訳ない気持ちとなりますが、悔いても仕方がないのでこの機会にしっかり勉強して多くの方に良い治療を提供して恩返ししていきたいと思います。
弾発股 内側型と外側型
弾発現象の部位によって内側型(腸腰筋)と外側型(腸脛靱帯)によるものがあります。
そのうち内側型の方がとても難しいので、そちらだけを詳細書いていきます。
「内側型は腸腰筋腱がスナップするために弾発現象を起こしている」、という事実がエコー検査でわかってきました。
腸腰筋の関与は昔から言われていましたが、滑液包や関節唇、靭帯組織など、音を出しえる組織がたくさん混在するため実際のところは何なのかは一般の整形外科の本では記載されていないものでした。
しかし、英語の論文をいろいろ漁っていると、スナッピングする様子を画像で捉えたものがいくつか見つけることができました。
普段臨床で効果が出るポイントと一致していたのでまとめていきます。
弾発股 内型の知見
腸腰筋腱によるスナッピング現象は2つに別れている腸腰筋腱が互いに反転することで起こっていることが確認されました。
ダイナミックソノグラフィーを用いて、腸腰筋腱のスナッピングの新しいメカニズムが報告された。突発的な腸腰筋腱の腸骨筋上へのめくれ上がりが、スナッピングの最も一般的な要因であった
The snapping iliopsoas tendon: new mechanisms using dynamic sonography ;
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18287424/


動的超音波検査は、有痛性股関節症患者における腸腰筋腱の一過性の亜脱臼を検出するのに有用である。MRIはこの病態の患者の関節内異常の除外に有用である。
The snapping hip : clinical and imaging findings in transient subluxation of the iliopsoas tendon
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8640418/
と書かれている論文があります。
関節唇損傷などが関連しているのではないか、という説もありましたが、このMRIで損傷がないかを断定しても腱の異常動作が弾発現象を起こしていることが確認できているので関節内の異常がなくても起こることが証明されています。
さて、それではスナッピング(弾発)が起こる人と異常のない人はどういう違いがあるのでしょうか?
先ほど紹介した論文では、
スナッピングを起こす腸腰筋腱がフロッグレッグポジション(股関節の外転・外旋・屈曲)動作時に、外方かつ回転運動(右足は反時計回り、左足は時計回り)に動く
The snapping iliopsoas tendon: new mechanisms using dynamic sonography ;
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18287424/
つまり腸腰筋腱がどのような走行をしているのか、そして腸骨筋がめくれるにはどのような寛骨のポジションになっているのかを考えて治療に当たれば改善の見込みがあるということになります。
このところスナッピング現象がその場で改善した症例も交えて考察していきたいと思います。
まずは、腸腰筋の機能解剖から理解して、その後臨床での経験を添えていきたいと思います。医療従事者の方は参考図書を片手に見ていただけると想像しやすいかと思います。
腸腰筋の機能解剖

参考図書:Thiel法だから動きがわかりやすい!筋骨格型の解剖アトラス下肢編下肢編
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5ページ目に筋裂孔から鼠径靭帯を通りぬけて大腰筋・腸骨筋が綺麗に見ることができます。
10ページ目にも腹横筋をめくった中の大腰筋・腸骨筋が確認でき、このほんの素晴らしいのは、腱と筋腹の差がとても鮮明に見ることができる点です。
参考図書:骨格筋の形と触察法
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私が持っている改訂第2版の279ページでは、大腰筋と腸骨筋の共通の停止腱が腸骨筋の筋腹の間に隠れ、大腰筋もその間を走り抜ける様子が確認できます。
昨年の理学療法科学に掲載されている論文ですが、「寛骨臼関節唇と腸腰筋の配置関係の肉眼解剖学的研究」を拝見すると
全長に対して腹側の大腰筋は筋成分46,3%、腱成分53,7%、腸骨筋は筋成分 100%で あった.背側の大腰筋は腱成分 100%,腸骨筋は筋成分99%,腱成分 1%の割合であった.大腰筋と腸骨筋,大 腰筋腱と腸骨筋腱それぞれ有意差を認めた(表 1).
寛骨臼関節唇と腸腰筋の配置関係の肉眼解剖学的研究
横幅は全長 38.6 ± 5.8 mm に対し,腹側は大腰筋の 筋成分が 10.6 ± 3.7 mm,腱成分が 1.3 ± 4.4 mm,腸骨筋の筋成分が 26.7 ± 5.2 mm であった.背側の大腰 筋は筋成分が 1.0 ± 2.3 mm,腱成分が 16.8 ± 5.5 mm, 腸骨筋は筋成分が 12.1 ± 6.7 mm,腱成分が 8.8 ± 6.1 mm であった.全幅に対して腹側の大腰筋は筋成分 27.5%,腱成分 3.3%,腸骨筋は筋成分 69.2%であった. 背側の大腰筋は筋成分 2.6%,腱成分 43.5%,腸骨筋は 筋成分 31.4%,腱成分 22.5%の割合であった.大腰筋 と腸骨筋,大腰筋腱と腸骨筋腱ともに有意差を認めた
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/36/3/36_391/_pdf
とあるように複数の腱の存在を明らかにしています。
ですからinternal snapping hipの論文にあるように腱同士が股関節の運動の最中に引っかかり反転するのも解剖学的にも納得のいく見解かと思います。
ではなぜ腱がスナップするのか、ここからは私の推測となりますのでエビデンスについてはご容赦ください。
症例1:マラソンランナー(変形性股関節症)
1人目の症例は、マラソンランナーを趣味でされている方で200km/月くらい走られています。
昔から変形性股関節症と腰部脊柱管狭窄症によって股関節や足の不調を患っていますが、治療数ヶ月で安定してきて今はコンディショニング程度に月一ペースで治療に来られています。
「足が持ち上がりづらい」「股関節が詰まる」などの症状があり、軽度の変形性股関節症も診断されていることから腸腰筋の機能不全がベースにありました。
右の股関節の屈曲可動域は95°で座っている状態から少し腿上げができる程度の状態でしたが、腰部の圧迫により大腰筋の張力低下があり、収縮不全となっていました。
腰部の椎間関節を離解させるモビライゼーションによって、足の重さが抜け可動域も改善するという、画像診断の割に治療効果の高い方でした。
しかし股関節の軽さと可動域改善がより大きく見られるように改善したあたりから弾発現象が生じてきます。
今まで第2腰椎の右側を上方へと牽引していく治療で股関節の機能改善があったのですがそれでは弾発現象はなくならず、第3腰椎の右側を下方へと股関節に近づけた方が股関節の可動域改善+弾発現象の消失が見られました。

おそらく、腰部の上方への牽引により、第2腰椎に付着する大腰筋腱の張力が強くなり、その結果、引っ張られた弦が弾かれるようなスナッピングが起こったのだと感じています。
その患者さんの背景に骨盤が反時計回りに回転しやすく右の骨盤が上がる傾向が強いため、腸骨筋はより内方へ、大腰筋はより外方へ移動しやすい状況にあったのも関係があるかもしれません。

次の症例では、また別の骨盤の状態と弾発現象については説明します。
症例2:バレエダンサー 2例
バレエダンサーの方やサッカー選手、水泳選手など股関節を開く外旋・外転動作を頻発する方に発生が多く、弾発現象が続くと腱鞘炎のように痛みや腫れを起こすことがあり、スポーツ分野では比較的拝見する機会が多い症状です。
外転・外旋動作のいわゆるフロッグレッグポジションの症例は多く、その症状の方と、「座った状態から立ち上がる際の弾発現象」の方、2例をご紹介します。
先ほどご紹介した弾発現象の論文と腸腰筋の詳細を理解した今は、この股関節動作の違いが、かなり重要だと認識しています。
というのも腸骨筋が、大腰筋を外側と後面から接触するだけでなく、内側と前面も包むように接触している事実があったというところが、仙腸関節の状態次第で大腰筋腱が引っかかることになり得るというのと、臨床上、仙腸関節のリリースで弾発現象が消失するからです。
フロッグレッグポジションで弾発する方は、理学療法でいうアウトフレア、カイロプラクティックでいうIN腸骨状態でした。
逆に立ち上がり時に弾発する方は、理学療法でいうインフレア、カイロプラクティックでいうEX腸骨でした。

この図を見たら、すでに想像できる方がいるかもしれませんが、腸骨筋は大腰筋を外側から包み込むように取り巻いています。
つまり、図の左側EX腸骨は外から前面へと回り込む繊維はより前面から内側面へと回り込むような形態になります。
その結果、股関節の屈曲伸展動作、しゃがむ・立ち上がるという動作の際に、腸腰筋腱が前後に移動するのを腸骨筋の前方への繊維が妨げてしまいます。
ある角度まで達した際にスナップするように腱が戻るため弾発現象を引き起こす、そう私は推測しています。
図の右側であるIN腸骨では、腸骨筋を乗り越えやすくなり、浅く外旋外転すると弾発現象が生じないのに、大きく足を回すとコクンと音が鳴る、というような状態だったのではないでしょうか。
この上の図と先ほどの論文に記載されたイメージ図を再び眺めるとなんとなく辻褄が合う気がします。


もちろん臨床で弾発現象がなくなったという結果が全てですので、また他のパターンも多く存在していると思います。
ですので、今後も勉強を続けていきたいと思います。