前回、ピアニストの指の障害についてお話ししました。
ピアノの演奏は左右に規則正しく配列された鍵盤を上から下に押す動きであるために、前方への力は手の強張りを生み出してしまう、という話でした。
箏のように親指で前方に弦を弾いたりする場合には、逆に前方への力をどの関節でかけていくかが重要になってきます。
箏の演奏者が、親指の腱鞘炎やCM関節症を患い来院され、全ての方に肘や肩の治療が必要だったというのは、神経学だけでなく、関節構造学の視点からも言えます。
それは前回ご説明した点のように前方への力の掛け方を得意とするのが肩と肘だからです。
流派による問題もあるのでここは実際にどんな姿勢を捉えているかを確認する必要があります。
例えば、生田流では箏に対して斜めを向いて座るため、手の方向も体に対してまっすぐというわけにはいかず、どの関節においてその修正をされているかが治療のポイントにもなっていきます。
山田流では箏に対して正面を向くため、手の方向は弦に対して垂直を向きます。比較的関節の構造と力の方向は演奏経験のない治療家でもイメージは容易となるでしょう。

さて、今回紹介するのは、弦に対して正面だけではなく、上から下にも押さえつける力が必要である箏は、ピアノと同様に、力のかける方向と関節の構造を理解しなければ治らないことは今までの説明からも想像がつくかと思います。
前回のピアノと同様、手の障害において肘がいかに大切かを説明する意図を込めて、肘の構造を使って説明していきます。
肘の構造 回内の空間的力学

前回同様、肘の構造を乗せています。
肘は外側や前面にある「橈骨」と内側・後面にある「尺骨」が上腕骨と接続しています。
上から下に力を加えるには、肘は伸ばす力が必要であることは簡単にイメージできるかと思いますので、今回は細かい説明は割愛します。
もう1つ必要な動きであるのが、箏やピアノのように手のひらを下に向ける「回内」と呼ばれる動きです。
尺骨に対して橈骨が上から回り込むように動くことで可能にしています。

この図は、肘を直角に曲げている状態を指側から見たずです。
黒で囲んでいるところが橈骨の手関節の関節面で、緑の丸が尺骨です。
肘の回内時、尺骨の手関節の関節面はほぼ動かず(諸説あります)、橈骨が尺骨頭の関節面をぐるっと回るように回転します。
青の矢印で書かれている方向が上に向かっている点が重要です。
今図では回外している状態から中間位に向かう回内動作を示していますが、さらに回内すると、青の矢印はどちらに向かうでしょうか?

回内は、中間位をすぎると橈骨の手関節関節面は下に下がっていきます。
この下に下がる力がピアノの鍵盤や箏の弦を上から下に押さえる力となるのです。
肘の回内制限があると、まず下方への力が減少します。
さらに悪いことに、この肘の回内の代償動作も下に押し付ける力を弱くさせるのです。

箏やピアノは前にもお話ししたように、固定されている楽器ですので、肘の回内が硬くても手のひらを下に向けようと体はしてしまいます。
その際の代償動作として肩の外転がひとつあります。
前回には、肩の内旋によって手関節にストレスをかけるという話でしたが、今回は肩の外転の代償によって手が上へと引かれてしまうため押す力を失わせてしまうのです。
筋キネシオロジーから見た空間力学
関節構造学だけでなく、筋キネシオロジーという視点でまた見ても肘の回内がいかに抑える力に必要かがわかっていただけるかと思います。

筋肉の収縮によってどういう変化を起こすかも考える必要があります。
手のひらを下に向ける回内に最も関与する「円回内筋」は上腕骨内側上顆に付着するため、回内の他肘の屈曲もおこないます。
つまり、回内動作を力んで行う、無理やり回内を行おうとすればするほど、肘は曲がろうという力を受けやすいのです。
肘が曲がろうとしてしまえば、橈骨および尺骨の遠位端、つまり手首側は上へと持ち上がってしまうため、これも下に押す力を減少させてしまいます。
まとめ
このように、単純なピアノの鍵盤を押す(叩く)、や箏の弦を押さえる(強く弾く)ために必要な上方から下方の力において、身体はとても緻密な計算を行なっています。
少しの機能制限によっても身体は新しく戦略を立て直し、目的の行為(演奏)を行おうとするのですが、身体にはストレスがかかっています。
もちろん脳へのストレスも一緒にかかっています。
あなたの手の痛みや手の機能障害はどんな機能制限があり、どんな戦略を体は行って対応しようとしているのか、そしてどんな演奏(動き)をしようとしているのか、さまざまな視点から問題点を炙り出していくことが、難しい手の障害を改善する一歩につながります。
少しでもお力になれれば幸いです。